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TOSHIMASA IWAI「まだ誰もやってない自分だけのジャンルを見つけたい」


FOLKS HOUSE SESSIONでメンバーの素顔を生き生きと切り取ったユーモラスかつエッジの立ったMVやドキュメンタリー作品を発表し、その鮮烈なクリエイティビティに注目を集めるTOSHIMASA IWAIさん。音楽、映像、写真、絵、詩などあらゆる芸術表現を手掛けるマルチクリエイターである彼の、深く、鋭く、軽やかな感性のルーツとは?

――最近FOLKS HOUSE SESSION(FOLKS のUstream番組)にTOSHIMASAさんが制作した映像が加わるようになって、すごく遊び心が増しておもしろいなと思ってるんですけど。どういったいきさつで参加することになったんですか?

「いちばん最初はFOLKSのワンマンツアーが決まった時、弟(岩井郁人)にブログに載せたいからメンバーの写真を撮ってほしいって言われたんです。いつも自分たちで撮ってるから、今回は違う人に撮ってもらいたいって。“ワンマンツアー決定!”みたいな感じでみんなが吹雪の中で笑ってるやつです(1月31日のFOLKSブログ参照)。そのときにいろんなところを廻ったんですけど、ついでに動画も撮ってて。雪でホワイトアウトみたいになってる中をふーたん(郁人)がひとりで歩いてるのを撮ってたとき、これいいじゃんと思って。あとで編集してオープニング動画としてプレゼントしたんですね。それをメンバーがめっちゃ気に入って、番組で使ってくれたんですよ。それがきっかけで、みんなで何か映像作ろうよってことになって。で、『CAPITAL MORNING』のMVを作ったんです。バージョン0ってことで未完成なんですけどね」



【かっちふーたん赤いダイアモンド】


【CAPITAL MORNING】

――今のまま完成でいいと思います(笑)。

「僕もそれでいいような気がする(笑)。あんまりないんですよね、ずっと定点で撮ってるっていう。あれはFOLKS HOUSEの壁にクロマキーを貼って、ひとりひとり別々に撮ってから合わせてるんで、微妙なチグハグ感とかあるし。ほんと軽い気持ちで作ったんですね」

――リラックスして楽しそうに作ってる感じがすごくいいなと思います。

「よかったです。ああいうユルいのは、Ustreamだからこそだろうし、僕も映像(専門)の人じゃないから、ちゃんとしたのは出来ないし。ほんとに何も考えてないんですよ。ただその場で撮りたいと思って撮って、あとで編集するタイプなんで。強いて言えば、例えばミミアン(高橋正嗣)にはミミアンの良さがあるから、ミミアンの個性を伸ばしていくのがいいんじゃないかなって思うくらい。これからはもうちょっといいカメラ使って、自然だけど、どこに出してもかっこいいっていうクオリティはクリアしたいなと思いますね。まだ素人レベルなんで」

――でも、すでに個性を確立してると思います。見るとTOSHIMASAさんの作品だっていうのがわかるし。どれも色彩が綺麗でスタイリッシュだけど、ブラックユーモアがある(笑)。

「モヤッとしたものより、はっきりとしたものが好きなんです。白だったら白!みたいな。音楽もビートルズとかオアシスとかが好きです。レディオヘッドも好きですけど…。本質に近い感じがするものが好きなのかも知れません。最近はちょっとアナログ的な要素を取り入れたり、オブラートに包むことも覚えたんですけど、前はもっと極端にやっていました。初めて作った映像作品が去年の8月に公開した『090』っていうオリジナル曲のMVなんですけど、色調と、カット割りにおいて、かなりやりすぎっていうか(笑)。そこから、これ以上やっちゃマズイっていうのは学びました。ひとりで三脚を立てて撮って編集してっていうのを勉強しながらやっていたんで、3ヶ月くらいかかったんです。すごいこだわるんですよ、細かいことが気になる」



【影と透明】


【2015年自画像】

――それは子どもの頃から?

「そうです、極端な性格なんですよね。あと何でも考えるクセがあって。幼稚園くらいのときに、なんで飛行機は飛ぶの?それはエンジンがあって、プロペラがあるからだよ。どうして飛ぶ必要があるの?人を乗せるためだよ。じゃあそもそも飛ぶって何なの?みたいな。そういうのを延々とひとりでやってたら、じいちゃんに“それはね、最終的には死にしか辿りつかないよ”って言われたんですよね。それをずっと覚えてて。今もちょっとそういうところ、あります。例えば、食べ物のことに関しても、いろいろと考え出した時期がありました。世間で身体に良いとされてる食事も、自分で実験してみないことには本当には信用できないなと。食べる物って生まれたときから親が決めたり、給食に関して言えば栄養士が決めていたりしたと思うんですけど、そのまま普通に生活していけば、僕は昨日人参を食べたから今日こうなっている。牛乳を飲んだからこうなっている。っていうのを実感することはできないと思うんですよね。だから僕は芋だけ食べてみるとか、肉だけ食べるとか、ごはんを止めてみるとか、これは違うかもしれないけど…寝ないとか、そういうのを試してみた時期があって(笑)。まぁ、肉に関して言えば、そのとき精神が弱っていただけだからかもしれない。遠い昔に友達に言ったきつい言葉が気になってみたり、食肉センターの動物のこととか考え出してしまって。それでまったく食べられなくなっちゃったんですね。その時期はカエルを育ててたんですけど、餌も一緒に育てないといけないんですよ。ちっちゃいハエなんですけど、だんだん可愛くなってくるんですね。でもそのハエをカエルに食べさせないといけない。そこで勉強したのは、どちらか一方を生かすためにはどちらか一方を殺さなければいけないということ。人間の目線から見ると都合の悪いものはだいたい覆い隠されてるんですけど、本当はものすごく残酷じゃないですか。人間の使うものはすべて死んだもので出来てるわけだし。木を切って机作ったり、っていうのを延々考え出したんですよ。でもそうなると社会生活ができないから、一回どうにかしようと思って運動したり身体鍛えたりして。少しずつ考えないようになりました」

――私にもそれに近い経験があるし、とても共感します。何でもちゃんと見ると必ず矛盾が見つかるし、少し過敏になるくらいが健全だと思うんです。

「そうですよね。身体の成長期ってあると思うんですけど、僕は心の成長期っていうのもあると思ってて。それは僕の考えでは、身体の成長のあとにくると思うんですよ。それが急激な人は当然、いわゆる成長痛みたいなものが起きるわけですが、一概には言えないんですけど、それを人は鬱というんじゃないかという気がしてて。でもそれ自体は全然悪いことじゃないと思うんです。鬱ってもともと木が生い茂っているという意味じゃないですか。僕はその闇を無条件に悪いものとして目を背けたり、薬でかき消したりするのはあまりいいことだとは思えないんですよ。もちろん本当に治療が必要な場合もある思いますけど。その暗闇の中で生きてみればいいじゃんって。街灯と街灯の間をてくてくやっとのことで歩いて、その暗闇の中で誰に会ったとか、何を聞いたとか、何を見たっていうのを表現すればいいと思うんですよ。もし表現できなくたって、誰かの相談に乗ったり、誰かを勇気づけたりするときの体験談にすればいいと思うんですよね。かき消す必要はない。その中で何か見つける作業が大事だと思うんです。トンネルを抜けないと次のところに行けないんだから」

――TOSHIMASAさんのホームページに掲載されている詩を読むと、死とか喪失が背景にあるのが強く感じられるんですけど。今のお話で何となく合点がいきました。

「そうですか。確かに死についてはすごく考えてますね。結局、芸術はそういうふうに死を覆い隠したり忘れさせるものか、死に向かわせるものの二つしかないんじゃないかって思うんです。合ってるかどうかわかんないですけど。例えばポップミュージックは、おそらく、刺激によって嫌なことを忘れさせたり、一時的に目を背けさせたり、癒したりすることを目的としている場合が多いじゃないですか。一方で大災害や戦争が起きた時に、その出来事を絵や写真や文章でありのままに表現する人がいる。そうやって死に対する耐性をつけていったり、死というものについて考えるきっかけを作ったり、そこにある苦しみや残酷さを忘れ去られないものにする。この二つタイプしかない気がするんです。その二つの間で行き来したり、融合したりして、成り立っている気がするんです。僕自身は偏った活動はしたくないと考えているので、自分のホームページでは何個か点を作って、恋愛の歌とかジャーナリズムとか人生とか、舵みたいにカテゴリー分けしてるんですけど。そういうのを埋めてく活動がしたいんですよ。自分の資料として。それがビジネスになるかどうかはまったく別な話なんで、そこはこれから考えていかなきゃいけないなと思ってます」

――個人的な部分を大切にして生きていこうとすると、ビジネスとは相反することのほうが多いですよね。

「そう、まったくそうだと思います。たぶん自分の活動ではほとんどそれはできないと思ってるんですね。音楽に関しても発表してないのが100曲以上あるんですけど、一般的に求められる音楽とは少し違っていて。ほんとは現代的なものを取り入れて現代的なものを作らないといけないなと思うんですけど、そこにチューニングしていくのは性格的に出来ないんじゃないですかね。自分に今重要なのはそれをビジネスにすることじゃなくて、資料として死ぬまでに墓場に刻むじゃないですけど、生きてた証を残していくっていう作業なんで。60年代みたいな曲も、ダンスミュージックも作りたい。詩も出てくるし映像も出てくるし。思いつきすぎるんです。言葉とストーリーと世界がほとんど一緒に出来て。曲も作ろうと思って作ったことないし。ほとんど夢で見た曲だから。そうすると誰かをプロデュースしたりするほうが向いてるかもしれないですけど、それだけじゃ満足できないんですね。わがままなんです」

――一度、TOSHIMASAさん自身がFOLKS HOUSE SESSIONに出演されましたよね。あのときパッと現れた瞬間にすごくインパクトを感じたんですね。何か強いエネルギーを持ってる人に違いないっていうのが伝わってきて。

「ありがとうございます。3年前から去年の夏までまったく人前に出ずに準備してたんですね。それまでは一点に集中したほうがいいんじゃないかとか、もっと人に合せていったほうがいいんじゃないかとかいろいろ考えて試したりしたんですけど、それじゃダメだなと思って。もう我慢しないで全部やったほうがいいって。手加減すると半端なものしか出来ないんです。とにかく今は本気出してますね。この写真(『ライフルと分解』)もアーティスト写真っていう目線で言うと普通はやらないタイプのものだと思うんですけど。僕がほんとにやりたいのはこれなんで。何かに合わせると魅力がなくなっちゃう。それが得意な人もいて、そういう人がやるとすごい魅力的なんです。でも僕はそういうタイプじゃないから思いっきりやらないと誰もいいと思ってくれないって気づいたんですね。それでわかってくれる人がいればいいなっていうのが今の考えです。ダメでもしょうがない、それしかできないんで」


【ライフルと分解】

――最初に興味を持った表現手段は何でしたか?

「絵ですね。小学校の時、周りでは上手かったから、『ドラゴンボール』とか『名探偵コナン』とかの絵を描いてくれって友達が雑誌持ってきて。それがものすごい数になって抱えきれなくなったんで、やめたんですね。やっぱり自由に描いてるときのほうが楽しいって。そのあとはスポーツばっかりやってた。テニス、バスケ、サッカー。正直スポーツはそんなに楽しくないけどやってる感じでした。で、中学校の時に友達の家に遊びに行ったらギターがあって、そこで弾き方教えてもらって、ギターおもしろいじゃんって始めたんです。でもギターの才能はなかった。何年もかかって習得したんですよ。ふーたんもかっち(岩井豪利)も本当に一瞬で弾いたんで。で、友達にギター弾いてもらってコピーしたりしてたんですけど、自分で作ったほうが早いよなってオリジナル作ったときに詞を書いたんですね。詞は一瞬で出来ました。書きたいことがあったから。高校に入ってからはバンド組んで。でもスケボーやるみたいな感覚で、ほとんどライブもやってないし、まったくプロになりたいとも思ってなかった。3年で進路を決めるとき就職か進学かで迷ったんですけど、当時親がやってた居酒屋を手伝う代わりに音楽やっていいって言われて。そのときCubaseってDTMを買ってもらったんです。それで『slowly』っていう曲を作りました」

――確かUstreamの中で、FOLKSのメンバーが「名曲だ」って言ってた曲ですよね。

「『slowly』は初めて自分でもいい曲出来たなって思えた曲です。そのときこういう世界を作りたいっていう構想が広がって、アルバムごと作っちゃったんです。それで、あるレーベルに軽い気持ちでデモを送ったら、デビューに向けて一緒にやっていこうっていう流れになって。その中で気に入った何曲かをあげて、こういうのを作ってくれって言われたんですけど、僕はトータルで表現したかったから、耐えられなくて辞めたんですね。でもその『slowly』が入ったアルバムをFOLKSのメンバーが自分の音楽のルーツになったって言ってくれてるみたいで。ふーたんはその頃13歳でギター始めたてだったけど、“一緒にバンドやろう”って言われて。“何言ってんの? お前となんてやるわけないだろ”って返したんですけど(笑)。だから今、一緒に映像作ったりしてるのは、かなり自然なんですね。恵庭っていうベッドタウンの若者たちの、ひとつのストーリーになってる」

――おもしろいですね。その後は?

「東京で1年半、カラオケ屋で法外な長時間働いて、120万くらい貯めて。ロンドンに行きました。音楽のためじゃなくて何かやらなきゃいけないって。21歳のときから1年半くらい。そのあとヨーロッパを旅して23歳くらいで帰ってきて。そのときに外国で知らない人に会い過ぎたせいか、兄弟って大切なんだなと思って。弟と3人でバンドやりたいと思ったんです。それでシャクシャインってバンドを組んだんですけど、本格的な活動にはならなくて。僕はひとりで弾き語りとか始めたんですけど、なんか違ったんですよね。それで、一回ちゃんと音楽作んなきゃいけないな、全部自分で完結できるような方法を探そうって。誰かと一緒にやるとかプロになるとかじゃなくて、自分の巣みたいなものを作ろうって準備作業に入ったんですね」

――それが去年の夏。

「そうです、去年の8月から本格的に活動を始めました。今作ってる音楽は“ヒアリング・アート”っていう自分で創りだしたジャンルなんですね。詩の朗読に近い表現だったり、音楽と詩のあいだみたいなものだったり、ラジオドラマをもっとアートっぽくしたものだったり。そうじゃないとやっていけないんです。説明つかないし、まだ誰もやってない自分だけのジャンルを見つけたい。『Sentimental Communication』っていう長い曲があるんですけど、あれがヒアリング・アートの始まりで、そういうのを今制作してるんです。さっき話した“暗闇の中で見つけたもの”はひとつのテーマになっています」

――どんなものか想像できないから、楽しみです。そういう中でFOLKSとの表現活動は少し意味合いの違うものですよね。

「そうですね。どっちもやるっていう選択もあるなと思っていて。FOLKSの活動を手伝ってるときは、自分のことより多くの人が見てるから責任があるんですよね。それは仕事みたいな感じでできるっていうか。あと、誰かと一緒にやっていく中で発見したり取り入れたりするおもしろさもあるし。僕は撮りたいように撮るけど、ふーたんはエンジニアリングとかめっちゃ優れてて、カメラの画角とか機材とか操作方法とか、そっちの方に目を向けているんですね。こうやったらもっと滑らかじゃない?とか視聴者の目線になって考えてる。だから、そこはすごい信じてるし、じゃあこうしようとか思うし。今まではそういうふうに人にチューニングするのが苦手だったんですけど、だんだんできるようになってきて。それはなぜかって言うと、今自分のホームページに居場所があるからなんです。何でも自由にやっていいテリトリーっていうか。そこがあるから、この先は何にでも挑戦したいと思ってます」




TOSHIMASA IWAI(としまさ・いわい)
1985-2015-







http://www.toshimasaiwai.com/








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