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SUNARE COVER「僕たちがやろうとしてるのは、殻を破らなければ出来ないことばかり。今、初めてそれが出来てる」



今年1月にマニピュレーター高田雄太を正式メンバーに加え、復活を遂げたスネアカバーが4月19日、ゆれる、FOLKSを迎えて、初の自主企画ライブを行う。10年以上前からソングライターとしてライバル同士だったという高田のエモーショナルな話しぶりに呼応するように斎藤洸がいつになく饒舌に音楽を語り、少ない言葉の中にも示唆に富んだ川口正太郎の発言にはっとする。会話もライブの一種なんだと強く感じられた、とても感動的なインタビューになった。

――新生スネアカバー初の自主企画ライブが迫ってきましたね。どういうところから、この3マンライブが動き出したんですか?

斎藤洸(Vo.&G.)「以前からゆれるのあみくんに“2マンか3マンやろう”って誘われてたんですけど。4月にゆれるが札幌でライブやるって決まったときに電話がきて、“斎藤ちゃん、やろうや〜、なんかでけへん〜?”って。じゃあこのタイミングでスネアカバーが企画打つわってことになったんです。音楽を真剣に挑戦してやってる馴れ合いじゃないバンドと、じっくり見せるライブをやりたいって思ったんで、そのときにはもうFOLKSが頭にあって。僕のほうから声をかけました」

眦塚座(Mani.)「僕はずっと人のライブをろくに観ずに来たんです。斎藤くんからスネアカバーのライブに誘ってもらったときに行くくらいで。意外と大物でも楽しめなかったりとか、家に帰って曲作りしたくなっちゃったり、もしくはやる側だったらいいけど、みたいな。そういうのがどうしてもあって。でも、スネアカバーとしてやるようになってライブ観るようになったし、その中ですごい楽しみで観たいライブですね、ゆれるとFOLKSは」

――エネルギーがちゃんと音になってる、エネルギー値が揃ってる3組だと思います。この3人でライブをやるようになって、反響はどんな感じですか?

斎藤「なんだろう。新しいものを見るような、そういう声は届いたりするかな」

川口正太郎(Dr.)「高田くんが入って普通のスリーピースじゃなくなったけど、スネアカバーは変わってないとか。より良くなった、いい意味で裏切られたっていう声も聞いてます」

――より挑戦的というか実験的なことをやってるし、本当にスネアカバーにしかできないことをやっていて、復活ライブを観たときの感動は今も忘れられないです。

斎藤「うれしいですね。唯一無二とかみんな言ってることなんで。それを推すっていうのは今更価値のあることだとは思わなかったりして。何が一線超える違いなのか、そういうものをすごい意識してるし、常に自分らを動かしている。俺たちは新しくなった、これで決まり!みたいなことじゃなくて、発見したらやって発見したらやっていうふうに常にベストを尽くす変わり方をしたいから。練習のとき高田がいつもカメラで撮影したり録音したりして、その日の音をすぐ聴けるようにしてる。常にクオリティを上げていくことを意識して、客観的に自分らが満足できるところにもっていくっていうのを同時進行でやってるんです。そうやっていかないと顔を出せないって思っていて」

――それくらい自分たちの音楽にストイックだったりシビアだったり、音楽に賭けてるっていうのはライブを観れば誰もが感じると思います。このメンバーになって、どういうふうに音楽を構築していっているのか教えてください。

高田「マニピュレーターの打ち込み流してる立場から言うと、まず昔からスネアカバーのライブ観たり、斎藤くんちで弾き語り聴いたりしてたときから、僕の頭の中ではハモリはこういきたいなとか、ここでバイオリンの音聴こえたら気持ちいいだろうなとか思ってましたね」

――リスナーの時から、メンバーとして参加してた?

高田「そういう感じかな? 自分がもしこのバンドに参加してるとしたらこうしたい、みたいな。自分は別で音楽やってるし、口出ししても仕方ないことだし。そこに関与することはないだろうなって思ってたんですけど。昔はパソコン出来なかったから、バイオリンの音がこうとかしか思いつかなかったけど、打ち込みでいろんなことするようになって出来ることが増えて。スネアカバーのスリーピースのシンプルな音に、ましてやああいう深い人間的な曲をシンプルに3人でやってるっていう部分がほんと、シンセからストリングスから変わったパーカッションからシェイカーから、いろんなものが合うっていうのが自分の中にあって。一緒にやるって時点でもう次の日から、僕の中で速攻曲作りが進んでいって。で、自分ならどういう音出すかっていうのをパソコンにいろいろ音入れてやり始めて」

――それをふたりに聴かせたの?

斎藤「そう、スタジオ入って。いろいろ入れてきたやつを最初聴かせてくれたよね」

高田「これはスネアカバーの音じゃないなってやめた音もあったよね。自分のクセでけっこうドロドロした音にしたがるところがあったんですけど、あ、違うんだって。もっとシンプルな音でいいんだと思って。自分が今まで決定してこなかった音も決定するようになったりとか、そういうのはありましたね。気持ちとしては、あくまでスネアカバーとしてのプラス、斎藤洸の弾き語りに対するプラスですね。正太郎くんが斎藤くんの弾き語りにドラムを付けようとするのと同じような姿勢、みたいな感じかな?」

――俺のワールドをどうだ!みたいなことじゃなくて。

高田「そこは年齢的に卒業できたみたいで。それでも音を作るのは自分だから、最初は自分の解釈から始まるんですけど、それは第一段階で、本当にいいものにするには斎藤くんの歌やメロディーを引き立てなくちゃいけない」

斎藤「この柔軟性がものすごい想像以上で。もともとソングライターなんです、高田も。お互いの曲を聴かせ合って認め合って、ライバルみたいな感覚でやってきたのに、ひとつのバンドで一緒にやるっていうのは今まで考えもしなかったことで。もしふたりでやったら、何かおもしろいことできるだろうなっていうのは昔からあったんです。僕のほうから言うと、高田の作る音楽にずっと影響されてる。すごいなと思ったり、天才的な感覚に刺激を受けたりとか。ずっとそうやってきてるから、ここでもしお互いが違うポジションで音楽をやれるんだったら絶対パワーアップするのは違いないっていうのはあって。僕が正太郎とふたりになったとき、ふたりでもいろんなことができるって可能性を感じてて。打ち込みも普通の使い方じゃなくて、何かしら自分らしくできるはずだと思ったんですけど、スキルを手に入れるにはあまりに時間がかかることだと思ったそのタイミングに高田と話す機会があって。すごいタイミングだったんですよね」

高田「うまいこと違うポジションになったんだよね。僕はずっと宅録で表に出ない活動をしてたんですけど、そろそろアーティストとして外に出ようと思い始めてて。それで斎藤くんに一緒にやってみたいって伝えたんです。そしたら、やろうって言ってくれて。それまでは自分がメインでやりたかったんですけど、メインボーカルと一緒にやってみて、こんなにいいことなんだなっていうのを初めて知って。文句のつけようがないメインボーカルがいて、柔軟なドラマーがいて。本当にやりがいを感じてますね。幸せです。すげぇいいところにいるなぁって」

――高田さんは自分の中にあるものを思いっきり外に出したいと思っていたのでは?

高田「うん、そうですね」

――ライブを観ていて、それがものすごく伝わってきました。皆さんは何年来の付き合いになるんですか?

斎藤「今30で、高田と出会ったのが17、8くらいのときだから、12、3年くらい」

高田「そう、正太郎くんも同じくらいだよね。ザワロックのとき、ドラム叩いてたもんね」

川口「叩いてたね。対バンしたよね。そこで初めて会って」

――ザワロックって?

高田「僕ら高校3年生の時にそういうイベントがあって」

――(3人の出身地である)岩見沢のザワ?

斎藤「そう、僕らが勝手に付けただけなんですけど(笑)。1日で終わったし、自分たちの企画ってわけでもなくて」

高田「卒業ライブってよくあるんですけど、普通はコピーバンドとかで。でも俺たちはオリジナルやってたから」

斎藤「しかもデモテープ作って学校じゅうに配ったりして。ライブハウスもバスで行かなきゃいけなかったりするところで。それなのに学ラン着てる高校生が180人くらい集まったんです」

――すごい! 当時から岩見沢界隈で一味違う人たちだったんでしょう?

斎藤「いやぁ〜、オリジナルやってる人が他にいなかったんで。でも、高田は岩見沢でいちばんギターがうまい奴がいるって噂になってた」

高田「なんだかんだで今と似たような感じだったかも。歌も歌ってたし。パソコンこそ使ってないけど、MTRっていう機材をすごい好きで使ってて」

斎藤「正太郎がスネアカバー入って間もない頃で。卒業したらガチでやっていこうぜ、みたいな感じで。出会いはそんな感じでした」

高田「10年以上経って、その時のメンバーと一緒にやるっていうのがすごい」

――本当に運命的というか、何か大きな力に動かされてるとしか思えない。

斎藤「しかも続けていなかったら出来てないし。ここまで続けてくるのも簡単なことじゃなかったから。高校くらいの時に志したものをずっと続けていられているっていうこと自体がむずかしいことだと思うんで。しかも今、固い意志を持ってしっかり目指してるっていう」

――音楽をやっていくことに対する気迫みたいなものをいつも感じます。

斎藤「これ言うとちょっと怖くなるんですけど、後がないくらいの気持ちでやってて。なんとなく、30くらいになったらそろそろ…みたいな空気もあるから」

高田「けど、今の時点で年相応の音楽をやれてるって言えばいいのかな。若い奴には負けねぇって若作りするんではなく、顔にシワがあるなら見えていいと思うし。若い人たちに年とってもこういうやり方で音楽やれるんだって思われたらうれしいし。今までの人間的経験とかも音楽に入れて、いい方向に行けたらいいんじゃないかと思いますね」

斎藤「そうなんです、だからクオリティが大事で、手を抜けないっていうのがあって」

高田「パソコンだとどんな音も入れられちゃうんですけど、その中でスネアカバーにいろんなフィルターをかけて音を決めるんです。バリバリした思いっきりデジタルな音も入れようと思ったら入れられるわけだし、もっと打ち込み入れるっていう選択も出来るんですけど。それを厳選してるって言えばいいのかな。そこは本当に大事だなっていうのはありますね」

――選んでる音にBjorkとかが持ってる原始的なエネルギーみたいなものを感じて。で、サウンド全体が生活の地続きっていうより、もっともっと根源的なところの何かを揺さぶるようなものになってる。

高田「うれしいです。僕はわりとそういうイメージで音を入れようとしたりしてますね」

斎藤「僕はまず自分が曲の根本を作って歌を歌うっていう表現があって。だけど、あからさまなことを伝えてるわけじゃなくて。こういうふうにみんなの胸にしまってもらいたいっていう言葉を伝えたりとか、そういう完全に掴みきってるものじゃなかったりもして。だけど感動だったり愛だったりしてるものが存在して、それを自分はどうしたいかっていうときに背負うものが何かあって、それをしっかり見せるっていう決意みたいなものがある。だから高田が入って特に思うのが、高田が俺の曲に対してこれは何なんだろう?っていうふうに感じて、意味がわかってきて、それに対して入れる音を選ぶ。音楽って和音さえ合えばどう美しくもなるし、どんな形にもできて。だけどそこで終わらせてはいけなくて、思いがあってやってることだから、しっかり歌があって、言葉があって、ある意味わかりやすくするってことはやってる感じなんですね。小さい子にも伝わるような言葉にしてます、とかそういうんじゃなくて。根幹にあるのは何なのかっていうのを、これからもっともっと見えやすくしたいと思ってます」

高田「うっすらと変態なんじゃなくて、思いっきり変態みたいな(笑)」

斎藤「それいい(笑)、ほんとそうだよね」

高田「リスナーにこの感覚アリなんだって、この感覚も美しく取り上げられちゃっていいんだっていうふうに思ってもらえたら。それで聴いてる人の日常生活が少し自由になるかも知れないし、自分の感性間違ってなかったんだって思えるかもしれないし」



斎藤「リスナーの人には音楽を聴いたときに何かフッとした感覚があったら、信じてほしい。俺らなんて、それで出来てるようなものだし。それを信じられなかったら、ものすごくつまらなくて。そういうフッとしたこれって…?っていう音楽はやっぱり洋楽に多くて、だからどうしても僕たちは洋楽のほうに憧れを持ってしまうんですけど。そこを追求したいんですよ」

――日本では歌詞に何か共感とか自分を肯定されてる感じがあって初めて曲に対して親近感を持ったり、いい曲と感じるケースが多いと思うんだけど。音楽ってもっと感覚的だったり、フィジカルなもののはずっていうか。

川口「日本の現状とかよくわかんないですけど、俺らみたいなバンドはかなり少ないと思います。必要とされてるのが日本の今の音楽シーンだとしたら、俺らのやってる音楽はちょっとむずかしいところにいるかもしれないけど、ずっと続けて土壌を広げたいと思う」

斎藤「こういう音楽をスタンダードにできる力があればいいんですよね。変わったことをやってる、おもしろいってバンって盛り上がるのは第一段階だから、それって充実できる場所では絶対ないから。もしそこに反応してくれてもいいんです、だけど、そこを頂点として目指してるわけではぜんぜんなくて」

高田「今やってることに何とか価値を見出してほしいんだけど、そんなこと言ってたらないものねだりだから、俺たち側から人を巻き込んでいかないとどうしようもなくて」

斎藤「本当そう。日本じゅうの、いろんなところにライブに行きたいですね」

――今のスネアカバーはこれまで以上に洋楽の影響を感じるけど、例えばどんなアーティストに触発されてますか?

斎藤「エッセンスっていうところで言ったら、本当に音楽が好きで聴くわけじゃないけど、マライア・キャリーだったりR&Bっぽい感覚ですかね。歌に耳がフッといくし、こういうふうに歌い回せたらって思ったりとか。で、ちょっと真似してみたりとか。もっと別な音楽的なところでは、もともとグランジっぽいものが好きだったりして。ニルヴァーナとかレッチリとか。最近ではジェイムス・ブレイクもすごいいいなぁと思う要素があったり。日本のアーティストにあまり感じられないもので向こうのアーティストに感じられるっていうのは、ノリで音楽を表現してる感覚。歌を歌ってても常に揺れてる。それって絶対向こうの文化にそういうものがあるからだと思うんですよね。高田は相当(音楽)聴いてきてるよね?」

高田「かもね。広くはないんだけどね。いろんなの聴いていろんなのに影響されて音楽作ってきて。その手法が身に付いちゃって誰の影響かもわからない感じだけど。意外とトランスやってたときの影響があったりするかも知れない、ぜんぜん曲はトランスじゃないのに。それがおもしろかったりしますよね。テクノとかのシュォ〜って音とか、密かにちょろっと入れてたりするんですよね。少し厚みを持たせたり、その効果が重要だと思って。それはどのアーティストも想像せず、音だけで選んでるから」

斎藤「確かに、さぁ音楽作るぞってなった時にいろんな音楽を漁ってっていう考えにはぜんぜんならなくて。例えば何かに影響されるとしたら、何かのちょっとで良くて。そんなやり方してきてると思いますね」

高田「まず自分が表現したいものがあって、それに近いことをやってるアーティストの曲を聴いて、あ、こんな方向あるんだなってそこだけ影響受ける感じだよね」

斎藤「そういう感じ。アンテナを常に張って」

――アレンジはどういうふうに?

高田「大抵誰かのアイデアだよね」

斎藤「大きなこととかは高田の家に行ってパソコン開いて音を入れていったりとか」

高田「基本的にクリック聴いてやるから、ベースはうちで作っちゃうんですよ。だから曲の展開も決めちゃって、ある程度作ってからセッションする」

斎藤「『戦場の画家』は初めてお互いの感覚を融合できた曲だよね」

高田「作曲者、間違いなくふたりだよね。僕が最初スタジオでリフ弾いて。斎藤くんが僕の指見て、自分でも弾いて。斎藤くんずっと弾きながらずっとメロディー口づさんでいって」

斎藤「それでそのスタジオでちょっと録音して。持ち帰って歌のメロディーを入れていったんですね。僕はボイスメモにひととおりメロを入れたやつを高田に送って」

高田「わーめっちゃいいね!ってなって。で、更に俺が次の展開を作って、それを聴かせて。斎藤くんが一度まとめてきて」

斎藤「で、高田の家でクリックに合わせてギター僕が入れて」

高田「最終的に構成変えて今の状態にして。ハモリとかも一緒に入れて」

斎藤「俺もループステーションでハモりとか入れたり重ねて、録って送って。歌詞も高田がイメージを伝えてくれたり。そういうのを何回も繰り返して出来たんです」

高田「あれうれしかったよね、可能性を感じたよね。こんなのできるんだ!って。曲ってすごいパーソナルじゃないですか。歌詞の世界にしても、曲の展開にしても。俺らにとって人間のいちばんパーソナルなことがいちばん重要だから、それをふたりでやってるから、まさに大事なところの価値観をお互い言って、お互い理解し合って、それはもう一種の愛の話なんですよ」

斎藤「それが自然にできるんだよね。3人でスタジオ入ってからもパーソナルなことをかなり言い合って作った曲なんで」

川口「僕は斎藤くんの出した曲でしか表現できないドラマーなんですよ、たぶん。だから『戦場の画家』で高田くんの曲と融合したときにすぐには芯まで届かなくて、こうプレイしたいっていうのをちょっと脇に置いたんですよね。今度自分らでレコーディングする時までちゃんと考えようっていったら変なんだけど。これからは高田くんの曲にも自分のドラムを表現できるようになりたいし、おもしろいことだなと思いますけど。自分は曲書かないし書けないから、そうなってすごいわかったんですね。斎藤くんの曲ってどんなにいろんなもの出しても斎藤くんの曲なんですよ。俺の解釈ですけど、昔からそうなんですよ。ずっと変わらないんです、根源みたいなのは。例えば斎藤くんが人を愛したときに出た曲とかもすごいわかったんですよ、変化が。斎藤洸、人を愛した、と」

斎藤「そうなんだ…へぇ〜」

高田「初めて聞くな、この話」

川口「これ、違う、今までと違う、けど斎藤洸だっていう。あくまで俺の感覚で、ですけど」

斎藤「どの曲のことだろう? それってメンバー特有のことなのかも」

――うん、というか、愛してるからわかるんだと思う。音楽って本当にすごいなって今、かなり感動してます。

高田「確かに、俺と正太郎くんは斎藤くんの曲が大好きなんだよね」

川口「そう」

斎藤「このあいだ東京で初めて、この3人でアコースティックやってきたんですね。今まで10年間続けてきて一度もスネアカバーでアコースティックやってなかったんですけど。そのとき明らかなグルーヴ感っていうか、すごい状態になって。あそこに生まれた何かはすごかったな」

川口「あ〜、あれはすごかった」

斎藤「絶対にみんなが何かしら反応できるものがあったと思うんです。僕たちがやろうとしてることは殻を破らなくちゃできなくて、恥ずかしがってちゃできないことばっかりで、その気になってないとだめで。僕はずっと中心でスネアカバーやってきて、今初めてそれができてると思います、間違いなく。なんかそういうのが出てるんですよ、3人の空気に」

高田「出てなかったら聞くしね。それは一体何をやってるんだろう?って。斎藤くんが何を表現しようとしてるのかわからないと僕のポジションって何もできないんですよね。ただベースを流すとかぜんぜん意味ないし、ギターも斎藤くんで充分だし、ハモリなくてもいいし。だから斎藤くんの曲を理解して、そのプラスαとして意味がないといけないから。俺たちはそれを共感し合えるんだよね」

斎藤「うん、そこも運命的なところかも知れない。今やろうとしてることは正しい、出来るっていう確信みたいなものがあって。きっとうまくいくっていう何かが今の俺らにはありますね」


SNARE COVER(スネアカバー)
斎藤洸(Vo.&G.)、川口正太郎(Dr.) 眦塚座(Mani.)によるスリーピースバンド。’01年、当時高校3年生だった斎藤を中心に結成。’02年に川口が、’05年に南部耕平(Ba)加入。’08年、1st ミニアルバム『シアン』リリース。斎藤の作り出すメロディ、その声は唯一無二の世界観を確立しており、早い段階で噂となる。その後『ファンシー』『PILGRIM』と2枚のミニアルバムをリリース。’13年6月8日、南部が脱退。’14年1月11日、新たに高田雄太を加
え、スリーピースで再始動した。




SNARE COVER presents 3マンライブ

2014.04.19(SAT)
会場:COLONY(札幌市中央区南7条西4丁目2-6 LC拾壱番館B1F)
OPEN 18:00 START 18:30
出演:SNARE COVER / ゆれる(大阪) / FOLKS
料金:adv. ¥2,000 / door.¥2,500 (1ドリンク¥500別途)
LAWSON TICKET L-17916
問:COLONY 011-532-3329








http://snare-cover.com/
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